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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(あ)786号 決定 1967年12月21日

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は、国選弁護人佐々木熈に支給した報酬を二分し、その一を被告人松本利男の負担とする。

理由

被告人松本利男本人の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であり、同被告人の弁護人佐々木熈の上告趣意は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

被告人野々山隆晴の弁護人荒井金雄、同神山美智子の上告趣意は、量刑不当の主張であって、同条の上告理由にあたらない。

被告人太田三吉の弁護人縄稚登の上告趣意は、判例違反を主張する点もあるが、引用の各判例は本件と事案を異にして適切でないから、所論は前提を欠き、その余は、事実誤認、量刑不当の主張であって、いずれも適法な上告理由にあたらない。

被告人山田一夫の弁護人秋知和憲の上告趣意は、憲法三七条一項違反をいう点もあるが、実質は、すべて、単なる法令違反、量刑不当、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

被告人笹島昭夫の弁護人吉江知養、同井上義男の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、同条の上告理由にあたらない(記録を調べても、所論供述調書に任意性を疑うべき点はないとした原判断は相当である)。

被告人日向久の弁護人阿部一男の上告趣意は、量刑不当の主張であって、同条の上告理由にあたらない。

しかし職権によって調査するに、原判決が是認した第一審判決は、被告人松本利男、同野々山隆晴、同太田三吉、同山田一夫、同日向久の関係において、浜田正信所有の東京都目黒区上目黒六丁目一三九一番地の宅地につき、その登記簿に関する公正証書原本不実記載およびその行使の罪の成立を認めたほかに、右被告人らが右宅地を騙取したものとして、これを詐欺罪に問擬しているのである。しかしながら、第一審判決の判示するところによれば、被告人らは、共謀のうえ、前記浜田正信の氏名を冒用し、簡易裁判所に内容虚偽の起訴前の和解の申立をして、和解調書を作成させ、これによって右宅地の所有権移転登記をしようと企て、被告人山田が右浜田の身替りとなって、弁護士近岡孝吉の面前で、被告人松本と右宅地に関する仮装の取引上の口論をし、同弁護士をして、被告人山田が浜田であると信ぜしめたうえ、同弁護士を訴訟代理人とする旨の浜田名義の訴訟委任状等を偽造し、同弁護士を浜田の代理人として日下部簡易裁判所に出頭させて、起訴前の和解の申立をさせ、同裁判所の裁判官の前で被告人松本との間で、右宅地の所有権移転登記手続をする旨の和解が成立した如く装い、同裁判官をしてその旨誤信させて、右和解条項を記載した和解調書を作成させ、次いで、右和解調書の正本を、登記官吏に登記原因を証する書面として提出し、浜田から被告人松本への宅地の所有権移転登記手続をなさしめたというのである。ところで、詐欺罪が成立するためには、被欺罔者が錯誤によってなんらかの財産的処分行為をすることを要すると解すべきところ、本件で被欺罔者とされている日下部簡易裁判所の裁判官は、起訴前の和解手続において出頭した当事者間に和解の合意が成立したものと認め、これを調書に記載せしめたに止まり、宅地の所有者に代ってこれを処分する旨の意思表示をしたものではない(この点裁判所を欺罔して勝訴判決をえ、これに基いて相手方から財物を取得するいわゆる訴訟詐欺とは異なるものと解すべきである)。また、本件宅地の所有権移転登記も、所有者の意思に基かず、内容虚偽の前記和解調書によって登記官吏を欺いた結果なされたものにすぎず、登記官吏には、不動産を処分する権限も地位もないのであるから、これらの被告人の行為によって、被告人らが宅地を騙取したものということはできない。

そうすると、右宅地に関する詐欺罪の成立を認めた第一審判決は、法令の解釈適用をあやまり、罪とならない事実について、同被告人らを有罪とした違法があり、これを看過した原判決もまた違法といわざるを得ない。しかしながら、右被告人らは、右詐欺とされた行為のほかにも、第一審判決判示のとおり私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使ならびに、株式会社日新からの金員騙取の詐欺(被告人野々山については地引一郎からの金員騙取もある)の各犯行を犯しているのであり、処断刑に変更はなく、またその犯行の動機態様等からみて、右被告人らに対する量刑は、右宅地騙取の点を除いても不当とは認められないから、原判決に前記の違法があっても、いまだこれを破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、被告人松本利男につき、同法一八一条一項本文により裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田 誠 裁判官 大隅健一郎)

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